ハイ、班長殿、ヨカッタデアリマス!




「いよいよ明日は
軍紀厳正、訓練精到にして抗日精神充溢せる中国軍と
正面衝突することと相成った。
しかもアメリカ義勇兵が操縦する
P51ムスタング戦闘機が飛来して
わが分隊の頭上から機関砲を猛射してくることは必定。
今回初めて作戦に参加する
貴様たち初年兵の命は
もはや無いものと思え」

「ついては貴様たち初年兵の中に
未だオンナを知らない者はいないか
つまり童貞の者がいたら手をあげよ」
「よし、わかった、わが内務班では十四名だな
貴様たちはニッポン男児として
せっかくこの世に生を受け
二十一歳にもなりながら
オンナの味も知らないで
戦場の露と消え果てていかねばならないとは
あまりにも不憫である」
「よって、班長は只今から
貴様たちを引率して
急遽、○○の慰安所に赴き
貴様たちを一人前のオトコにしてやることにする。
今から衛生兵が『突撃一番』というコンドームを支給し
その使用方法を詳しく説明するから
耳の穴をほじくってよく聞いておくがよい」

やがて○○軍曹は
初年兵たちと警護の古参兵どもに
三八式歩兵銃に弾薬や手榴弾を持たせて
隊伍を組み
威風堂々と曠野を貫く軍公路を行軍して
小一里も先の町にある
慰安所に向かった。

日本人、朝鮮人、中国人と人種もとりどりの
濃厚な化粧のオンナたちは
うぶな兵隊さんたちの揃ってのお越しに
大袈裟な嬌声をあげ
<筆おろし>はあたしたちにまかしといて
お国のために一生懸命サービスしてあげるわよ
カワイガッテアゲルワヨ
などと口々に言って笑った。
ところが臆病な童貞兵士たちは
オンナに手をとられても
抱きつかれても
泣きそうな顔になって逃げ惑うばかり。

それを見た軍曹は
あらかじめ用意したきた竹刀をふりあげて
「貴様たち、なにをもたもたしとる
それ突撃だ! 突撃一番だ!
上官の命令をきかぬものは銃殺に処するぞ」と
わめきながら
片っ端から兵士の尻をひっぱたいた。
古参兵たちも初年兵の胸倉をとって
一人ずつオンナの部屋に投げ込んだ。

かくして
ものの半時間もたたないうちに
十四名の兵士たちは
ニヤニヤ笑ったり
きまり悪そうな顔つきをしているものの
長年の疑念をサッパリ晴らした
満ち足りた想いに
胸ふくらませて
ぞろぞろとオンナの部屋から
出てくるわ
出てくるわ。

そこで軍曹は帰途につくため
再び兵士を一列横隊に整列させ
念入りに人員点呼を行ったうえで
「貴様たち、突撃の状況はどうだったか」と聞いた。
すると初年兵たちは
一斉に直立不動の姿勢をとって
大声を張り上げ
「ハイ、班長殿、ヨカッタデアリマス!」

こうした世にも悲しく
世にもみじめな小咄を
いったい誰が
なんのために作ったのだろう
そしてどうしてひろまっていったのか
不思議なことには
支那派遣軍のどの部隊でも
これと大同小異の話が語り継がれていた。

まさか、わが皇軍には
このように物わかりがいい上官がいたと
言いふらしたいわけではあるまい。
それとも初年兵や童貞兵士をからかうために作られたのか
いずれにせよ
これはあくまでも戦争というものが生みだした
作り話であり
夢物語であり
軍隊神話であった。

日中戦争の現地では
どこの部隊でも
初年兵は外出を禁止されて
朝から晩まで軍事教練や使役にこき使われ
上官や古参兵から陰湿なリンチを受けては
毎日を泣きの涙で暮らすのが
天皇の軍隊のしきたりになっていたから
慰安所などへ行ける道理がなかった。

しかも作戦の状況次第では
部隊は訓練不足の未熟な初年兵といえども
情け容赦もなく最前線に駆り出した。
彼らは古参兵のように
敵弾を巧みに避ける術を知らず
上官の眼を盗んで適当にサボることも知らず
なにかにつけて要領が悪かったので
戦死する確率が一番高かった。

主に大阪出身の兵士で編成された
歩兵第二百十六連隊が華中で展開した
宜昌作戦の折りなど
三八式歩兵銃一挺・弾薬百二十発・手榴弾二発
帯剣・鉄帽・防毒面・背嚢
白米六キロ・缶詰四個・乾パン六袋・二食分入りの飯盒・水筒
それに下着・日用品などを含めて
三〇キロを軽く越える装具を身に着け
炎暑下に豆をできらかした足を引きずりながらの
過酷極まる行軍をやらされた初年兵たちが
もはや体力・気力も尽き果てて
自ら手榴弾を胸に抱いて発火させ
三十数名が続けざまに自殺したという
悲劇も起きている。

こうして多くの哀れな初年兵たちは
オンナを知らぬままに
散兵線の花と散っていったのだった。
彼らは決して天皇陛下万歳などとは言わず
オカアチャンと言って
死んでいったのだった。
朝鮮半島から連れてこられた
うら若い乙女や人妻たちを犯すこともなく
無垢な身体のままで
中国大陸の土となっていったのだった。

ハイ、班長殿、ヨカッタデアリマス!

ハイ、班長殿、ヨカッタデアリマス!


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