眠れる教室の美女





私が講師を勤める女子大学の
大教室のスクリーンには
アメリカ海兵隊のカメラマンが決死の撮影をした
凄惨な硫黄島攻防戦の映像が映しだされている。
今を去る四十八年の昔
一九四五年二月から三月にかけて
わずか一ヶ月の戦闘で
日本軍の死傷者二万一千八百四人
アメリカ軍の死傷者二万四千八百五十七人。
辛うじて硫黄島を占領、奪取したアメリカ軍は
急遽この島にある軍用飛行場を拡大整備して
マリアナ諸島から日本本土空襲に向かう
B29戦略爆撃機の不時着基地
またB29の護衛戦闘機基地として
使用するに至るのだ。

二時間近い時間を費やして
延々とスクリーンに展開される熾烈な日米攻防戦も
やがて圧倒的な物量と新式の兵器を誇る
アメリカ軍の勝利に帰し
生き残った日本軍がモグラのように潜んで
なおも頑強で執拗な抵抗を続ける無数の洞窟を
アメリカ軍が火炎放射器でもって
しらみつぶしに焼き払って行く。
日本兵の姿こそさだかに見えないけれど
生きながら地獄の業火に焼かれる兵士たちの肉の匂いが
ツーンと鼻をついてくるような
むごたらしいシーンの連続である。

この映画を学生に見せて
戦争の実態を教えるつもりの私は
教室の最後列の椅子に
腕組みをしてじいっとすわっている。
私も足掛け四年、日中戦争に従軍し
中国軍と銃火を交えた経験を持っているので
硫黄島の戦友たちの絶望的な戦いぶりは
こみあげる怒りと涙なくしては見ることができない。

百名からの学生も固唾を呑んで
スクリーンをみつめているようだ。
初めて見る恐ろしい戦争の実写に
心を深く引き込まれているに違いない。
ところが、ほの暗い教室の中を
何気なく透かし見てみると
なんと、二十人余りもの学生が
机にうつ伏せになっているではないか
一瞬私は、学生たちは凄惨な場面を見るに耐えかねて
思わず顔を伏せてしまったのだと判断した。
そして、更によく見ると
なんのことはない
戦争映画など退屈で仕方がなく
暗くて冷房がよくきいた教室こそ
昼寝に絶好の場所と心得て
正々堂々の眠りをむさぼっているのである。

これら「眠れる教室の美女」たち
受講生の約二〇パーセントを占める学生たちは
戦争に全く興味を持つことができないし
戦争が暗い影を落とす日本の現代史を学びたいという
欲求も意欲もないのだ。
まして、おのが戦争体験を通じて
独自の「戦争論」を展開しようとする私の講義など
馬の耳に念仏で
むしろ絶え間ない私語と雑談で
授業を妨害してくるのである。

彼女たちはいわゆる「戦争を知らない子どもたち」の
「そのまた子どもたち」である。
かつて私は『十八の春』と題する詩の中で彼女たちを
「戦争も圧制も飢餓も知らず、
ありあまる物資の中ですくすくと育った
平和の女神の申し子のような娘たち」と
うたいあげたことがあった。
しかし私が常日頃、詩の話をしている時でも
古典文学の講義をしている時でも
傍若無人に寝たり
おしゃべりをする
何人かの娘たちだけは
断じて「平和の女神の申し子」などど
呼ぶことはできない。
彼女たちは確かに第二次大戦後
半世紀近い長期の平和が続く日本の社会が
生み落としたものには違いないけれど
急速な経済成長だけに眼を奪われて
どこか狂ってしまった社会のひずみを
若い身空でまともに体現しながら生きる
「病める日本の申し子」なのだ。

こうした眠れる教室の美女や
無遠慮なおしゃべりで授業を妨害する学生は
単に私が勤める大学だけが抱えているのではなく
いまや全国いたるところの大学にいて
明確な社会病理現象となってきているのである。
私語する学生たちを
どうしても静かにさせることができないと嘆く
教授や講師の姿は
もはやどこの大学でも
珍しくなくなってしまっているのだ。
そして、ついにこうした現象を専門的に研究した
『私語研究序説』といった書物まで現れ
大いに売れているという
結構なご時勢となってしまったのだ。
このあんばいでは
やがて多くの大学が「私語研究」という講座を設けて
私語撲滅に乗り出さずにはいられなくなるだろうし
その講座自体もまた学生の私語に邪魔されて
授業が成り立たないといったことになるかも知れない。

硫黄島でアメリカ軍の砲弾や手榴弾や火炎放射器により
ムシケラのように殺された
二万二千の戦友たちよ
そして命からがら洞窟から這いだし
捕虜となって辛うじて助かった
わずか二百十二名の戦友たちよ
君たちの方からも
こちらの教室が見えるかい。
眠れる教室の美女や
おしゃべり学生が何人もたむろする
こちらの教室が見えるかい。

ああ、硫黄島で
祖国のために
天皇陛下のために
といったスローガンのもと
若い命を奪われてしまった戦友たちよ
今は小さな一巻のフィルムの中にとじこめられて
なおも絶望的な戦いを果敢に戦いつづける
硫黄島の戦友たちよ。
たった一度でいいから
スクリーンから抜け出してきて
大きな声で叫んでくれ
俺の教え子の娘たちにむかって
呼びかけてやってくれ。
遠く硫黄島にいても
むなしいムクロと化していても
今の日本の大学の教室にいる娘たちの顔が
まざまざと見えると。


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