アダナ記念日





私が講師を勤める女子大学の学生たちが
私のことを「トシチャン」というニックネームで
呼んでいるといったことは
同じ文学部の教授から教えられるまで
全然知らなかった。
「どうして先生のことをこんなに呼ぶのですかね」
と教授はひとり面白がっていた。
たしかに年に不足はない男に
まるで幼稚園児でも呼ぶような渾名をつけて
ワルガキならぬワルヒメ(悪姫)どもは
楽しんでいやがるのだ。

だが私にはどうしてこんな渾名がつけられたのか
すぐ思い当たった。
四月の新学期がはじまって間もない頃
私は俵万智のベストセラー歌集『サラダ記念日』をネタ本にして
いくつかの替え歌を即興的に作ってみせ
パロディとはどんなものかの講義をしたのだった。
例えば
「ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう」
という本歌から
「ハンバーガーショップの席を立ち上がるように大学をやめてしまおう」
といった替え歌を生み出していくのだ。

その時取り上げた本歌の中に
「万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校」
という俵万智の高校教諭としての体験を詠んだ一首があり
これがパロディとして私は即座に
とし  こ
「俊ちゃんを先生と呼ぶ娘らがいて帝塚山学院短期大学」
という替え歌を黒板に大きく書きだした。
いうまでもないことだが
「万智ちゃん」という作者の愛称に対して
私は「俊ちゃん」という私の幼年時代の呼び名をあて
「神奈川県立橋本高校」に対するに
「帝塚山学院短期大学」をもってしたのだった。

ところが、この講義により私のニックネームが
一挙にきまってしまったようなのだ。
一見、他愛もない渾名の付け方だが
少々僻んだ見方をすれば
年頃の娘たちがロートル講師に対して一様に抱いている
悪意と残酷さに満ちた見事な命名だといえなくもない。
いや、それにもまして確実なのは
世評とみに高いせっかくの名歌集を
事もあろうにパロディの実験材料などに供したばかりに
私は俵万智さんに
まんまと復讐されてしまったということだ。

だが、それでも懲りずにまたもや替え歌を一首。

「この味がいいね」と君が言ったから
七月六日はサラダ記念日

「俊ちゃんがいいね」と学生が言ったから
四月二十日はアダナ記念日


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