どうすれば大詩人になれるか





女 「すばらしい詩ですわね」
男 「そうや、すばらしい詩や」
女 「力作ですわね」
男 「そうや、力作や」
女 「すごい詩ですわね」
男 「そうや、すごい詩や」
女 「圧倒されますわね」
男 「そうや、圧倒されるがな」
女 「この大詩人の作品は、みんなこうですわね」
男 「そうや、佳作とか、可もなし不可もなしちゅうもんがない。まして下手 な 詩とか、駄作なんてもんは一編もあらへん。見とうてもない。なんぼ探して も あらへん。あるのは百点満点の詩ばっかしや。完全無欠の詩ばっかりや」
女 「つまり、傑作以外は書けなかった詩人なんですわね」
男 「ほんまに、そうやなあ。つまらん詩を書こうとしても書けなかったんや 。 なんぼええかげんに書いても、なんぼチャランポランに書いても、知らん間 に 傑作になってしもたんやな。この大詩人は……」
女 「この大詩人の詩集をひもとくと、あたし詩を書くのがいやになってくる ん です。自分の才能のなさが、しみじみ感じられるんです。いままでなんにも 知 らずに詩集を二冊も出してきたことが、恥ずかしくて仕方がないんです」
男 「そうでっか、それは、ええとこへ気ィつかはりましたな。そういう風に 、 はやばやと悟りを開いたあんたは偉いよ。世の中には五冊も六冊も詩集をだ し ていながら、いまだに自分は詩なんかと全く縁もゆかりもない人間やという こ とに、気がつかない、お目出度いお人が、たんとたんといやはりますさかい な あ。下手な鉄砲も数射ちゃ当たるという言葉があるけんど、詩だけは下手な 詩 集も数出しゃ大詩人になれるちゅうもんやない。
  また、詩を作るよりも田を作れという言葉もあるが、最近ある女流詩人が こ こから悟りを開き、同人誌からも詩人団体からも脱退するや否や『こんな美 味 しいカレーライス食べたことがないといわれるようなライスカレーを作る女 の 会』に即刻入会しやはぁったけど、これなど賢明な選択というべきやな」
女 「まあ、黙って聞いていれば、ずいぶんひどいことをおっしゃいますのね 。 それにしても、どうしてこの大詩人にはこんな素晴らしい詩が書けたのかし ら。 その秘密を知りたいですわ」
男 「おやおや、あんたは悟りをひらかはったんとちゃいまんのか。大詩人に な るのん断念しやはったんと違いますのんか」
女 「なにが諦められるもんですか。あたし、絶対にあきらめませんわ。二冊 の 詩集を出すのに、百七十五万七千六百四十三円も投資してしまったんですも の。 なにがなんでも大詩人、有名詩人になってみせますわ。ところで、こうい う優 れた詩が書ける人は、あたしたちとは頭の構造が違うんでしょうか。特別 の才 能があるんでしょうか。あたしたちにはないインスピレーションがひらめ くの でしょうか」
男 「うん、そりゃ、これくらいの大詩人になると、あんたとは多少違うとこ ろ を、持ったはりますやろな」
女 「この大詩人は発想からしてユニークですわ。それにありとあらゆるレト リ ックを駆使している。この発想から完成までのプロセスがどうなっているの か、 その秘密がわかれば、あたしでも力作が書けるはずですわね。だってこの 大詩 人もあたしのような三流詩人も、おなじ原稿用紙を使っているのですもの 。お なじ四百字詰め原稿用紙におなじ万年筆で一字一字、詩を書き、詩を組み 立て て行くんですもの。ああ、知りたい、なんとかして、この詩人の創作の秘 密を 知りたい」
男 「そんなもん、簡単にわかるがな」
女 「えっ、なんですって」
男 「この大詩人がどないしてこんな素晴らしい詩が書けたのか。わいにはそ の 秘密が、とっくの昔にわかってるねん」
女 「教えて頂戴。ね、それがほんとなら、あたしだけにこっそり教えてくだ さ いな」
男 「教えてやってもええが、まず、あんたは詩や詩人というものに、とんで も ない誤解をしているってことを、自覚せんといきまへんな」
女 「あたし、どのように誤解してるんでしょう」
男 「さっき、あんたはこの大詩人でもあたしのような三流詩人でも、おんな じ 原稿用紙を使い、おんなじ万年筆で一字一字、詩を書き、詩を組み立ててい く のだと言うたが、それがとんでもない誤解や。大それた間違いや」
女 「ええ、そりゃわたしだって、おなじ原稿用紙、おなじ万年筆と言っても 、 この詩人が生きていた時代の製品と今の時代のそれとは、多少の違いがある こ とぐらいわかってますわ。第一、メーカーが違いますもの」
男 「そんな小っちゃいことやない。そんな些末なことやおまへん。もっと基 本 的なこと、もっと根本的なことで、あんたは間違いを犯しているんや」
女 「あたしには、おっしゃってることが、よくわかりませんわ」
男 「この大詩人はあんたが考えているように、原稿用紙に万年筆で詩を書い た のやない」
女 「だって、あたし、この大詩人の生原稿を、デパートの展覧会場のガラス の ケース越しですけど、しっかと見たことがありますのよ。そりゃ綺麗な原稿 で したわ。太目のペンで一字一字、実に実に丁寧に書きこまれていましたわ」
男 「それがあんたの誤解なんや。とんでもない間違いなんや。あの大詩人は 万 年筆で原稿用紙に詩を書いていたんやなくて、万年筆で原稿用紙の中に隠さ れ ている詩を掘り出していたんや」
女 「えっ、そんな馬鹿なこと」
男 「この大詩人が使こてた原稿用紙には、いろんな詩が既に完成品として埋 ま っていたんや。詩人はそれを掘り出すだけで、次から次へと素晴らしい詩が 書 けたわけや。まるで土の中から石を掘り出すようなもんや。インスピレーシ ョ ンとか発想とか、レトリックとかヘチマとかちゅうもんは、なんの関係もな い んや。この詩人は、ただ原稿用紙の上に万年筆を走らせるふりをしていただ け や」
女 「そうですか。詩とはそんなものだったんですか。じゃあ、あたしがいい 詩 を書きたかったら、この大詩人が使っていたような原稿用紙、つまり素晴ら し い詩がいくつも隠されている原稿用紙を、手にいれなくちゃいけないわけで す ね」
男 「その通り。あんたは物わかりがいいよ」
女 「でも、そんな原稿用紙、どこで売っているのかしら。どこへ行けば買え る のでしょう」
男 「この大詩人がさかんに詩を書いていた大正や昭和初期の頃の日本には、 そ ういう原稿用紙を売る店があちこちにあったらしいな。そやけど猫も杓子も 詩 を書く今の世の中、平成の世の中では、そういう原稿用紙をみつけるのはむ ず かしやろな。至難の業やろな。ものほしそうな今の詩人の面をみて、素晴ら し い詩を隠しもった原稿用紙はみんな逃げてしもてるさかいな。そやけど、全 然 残ってないということもないやろ」
女 「すると、いろんな店から、いろんな原稿用紙をできるだけたくさん買っ て きては、そこに素晴らしい詩が隠されていないかどうか、調べていくしか手 の 打ちようがないのでしょうか」
男 「そうや、まるで宝くじの当たりくじを探すようなもんやけど、その苦労 を 厭う奴は、永久に素晴らしい詩が書けないわけや。大詩人に絶対になれんわ け や」
女 「すると、この大阪の、誰もが行くデパートなんかで売ってる原稿用紙に は まず可能性はなさそうですね。東北のどこか交通の便利が悪い、小さな淋し い 町の、古ぼけた文房具屋の棚に置いてある変色した原稿用紙なんかどうでし ょ うか」
男 「うん、そういう狙いはええと思うよ。そやけどその東北も、よう考えて み ると、素晴らしい詩が隠されている原稿用紙をとっくの昔に手に入れて、と っ くの昔に大詩人になってしもた奴がいるさかいなあ。もう穴場というわけに は いかんやろなあ」
女 「では、沖縄あたりはどうでしょうか」
男 「あそこもさんざん踏み荒らされてしもて、効験あらたかな原稿用紙なん か、 もうないのとちゃうか」
女 「わかりました。とにかく、明治以来このかた、大詩人がまだ一人も出て い ない町や村を探し出して、そこでどっさり原稿用紙を買いこめばよいのだわ 。 それとも思い切って、台湾、朝鮮など日本の旧植民地だったところへ飛んで 行 って、大正から昭和初期にかけて作られた古い原稿用紙を、買い漁った方が い いかも知れませんわね」
男 「そうや。それは確かに、グッド・アイデア! そやけど原稿用紙を買う て くるだけではあかんのやで。そこに素晴らしい詩が隠されているかいないか 、 ただの紙にすぎないかを、万年筆を走らせながら、いちいち調べてみやなあ か んのや。百枚買うてきたら、百枚調べるんや。千枚買うてきたら、千枚ため す んや。一万枚買うきたら、一万枚点検するんや。十万枚買うてきたら十万枚 と も、しらみつぶしに当たってみるんや」
女 「もしも、ただの原稿用紙ばっかりやったら、どうすればいいのでしょう 」
男 「チリ紙交換に出したらええがな」
女 「そんな勿体ないことできませんわ。集めるのにずいぶんとお金がかかっ た 原稿用紙ですもの」
男 「ほなら、詩を書いたらええがな。素晴らしい詩は絶対にできる見込みは な いけど、今の日本で、この平成の世の中で、大勢の二流、三流詩人が書いて る ような詩なら、なんぼでも書けるはずや。その当たりはずれの原稿用紙でも … …。その、三流詩人専用の原稿用紙でもね」
女 「あたし、なんだか、原稿用紙を買うのが、怖くなってきましたわ」


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