エメラルド・グリーンの薔薇





「恋愛詩は恋愛体験で書くものではない
 恋愛詩のレトリックで書くものだ」
 
 恋愛を夢みている
 うら若い女の子にむかって
 おれはなんて野暮な講義をしたもんだ
 なぜ、大いに恋愛しなさい
 そしてその体験に基づいて
 素晴らしい恋愛詩を書いてください
 と言えなかったのだろう。

 深夜ふと目覚めて
 こんなことを考えはじめると
 もう眠れそうにない。
 散らかし放題の仕事部屋へ入って
 パソコンの前に腰をおろし
 ディスプレイに書きかけの詩を
 呼び出してみたが
 こりゃどうみても駄作だ。

 冷蔵庫からボージョレー・ヌーヴォをだしてきた
 ああ、美味しい!
 そうだ、今のおれのオンナはこいつだったんだ。
 こんな恋人をもつ男に恋愛も恋愛詩も
 わかる道理がないのだ。
 こんな男の講義を聞かされる女子大生こそ
いい災難ではないか。

ふと、教室の最前列の学生が
胸に一輪、晴れ晴れと咲かせていた
エメラルド・グリーンの薔薇のブローチが
眼の前にありありと浮かんできた。
あの花は無言で
おれの顔を
みつめていたっけ……。


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