花の色は移りにけりな





桜三月、菖蒲は五月
いまはまさしく桜月、桜時
あなたが愛読の『桜の園』なんか
血、絵、帆、腐と捨てなさい。
わたしも『佐倉宗吾伝』を
義、民、疑、民と投げまする。
桜の花はわずかに七日
三日見ぬ間の桜かな
花風、花冷え、花曇り
それに桜雨の来ぬあいだ
あなたもわたしも桜かざしの桜人
桜狩にとでかけましょう。

朝桜、昼桜、夜桜
夕山桜、遠山桜
医者の薬礼と深山の桜、取りに行かれずさき次第
目指すはあの峠の上の桜茶屋
桜一分銀の古銭でも落ちていそうな佇まい。
一目千本
北山桜
花より団子
あなたはなんになさる
桜餅に桜湯
おやおや、それはあまりに無粋いけません
酒なくてなんの己れが桜かな
おばさん、桜酒というのはないの
肴はもちろん桜肉か桜烏賊。

昔あなたはお庭の桜、雲井の桜
目細鼻高桜色
赤き唇失せぬまに
桜は花に顕われたが
今は侘びしい姥桜。
昔わたしは紅顔可憐の美兵卒
万朶の桜か襟の色
花は吉野に嵐して
散兵線の花と散りかけたが
今は年古り増さる朽木桜
年に不足はないわいな。

桜木を砕きて見れば花もなし
ままよ落花狼藉、花見酒
酒は古酒、女は年増、おっとと、これは失礼
蜜柑金柑、酒の燗、親は折檻、子はきかん
酒は詩を釣る色を釣る
呑んだ酒なら酔わずばなるまい
酔えば花の下臥しと洒落れましょう
互いに手枕交わしつつ
うつらうつらと参りましょう。
ああ、いまは桜月、桜時
夢の中までほんのりと桜色に染めあげて
声をあわせて
飛び切り寂しく
飛び切りお賑やかに
歌いましょうよ。
花の色は移りにけりな
いたずらに
わが身世にふるながめせしまに。

井上俊夫詩集『従軍慰安婦だったあなたへ』全編目次へ戻る


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