十八の春 





桜のはなびらが
小雪のように肩に降りかかってくる
女子大学の門を出てきた
講師のわたしの鞄の中には
さきほど三十人からの新入生に書かしたばかりの
詩がはいっている
題して「十八の春」。

教室でまだ二度しか顔をあわせていない娘たちの表情は
いかにも大学生のタマゴらしく
かすかな戸惑いと不安をやどしながらも
一様に明るく輝いていた。
戦争も飢餓も圧政も知らず
ありあまる物資の中ですくすくと育ってきた
平和の女神の申し子のような娘たち。

彼女たちの原稿には
年頃にふさわしい
さまざまな希望や抱負や
憂いや迷いやためらいが
エンピツと消しゴムを使って
いっぱい書いてあるに違いない。
今宵わたしは仕事部屋の灯を
いつもより少し明るめにし
濃いコーヒーをすすりながら
これを読むことになるだろう。

大学前の停留所にむかう道にも
妖しく咲き乱れた桜の並木があり
音もなく肩に降りかかってくるものがあった。
ここをゆっくり歩いてきたわたしは
一瞬、おもわず鞄をしっかと小脇に抱えなおした。
《十八の春》ではちきれそうになっていた
その皮の袋が
不意に飛行船みたいに
雲ひとつとてなく
のびやかに晴れわたった
大空めがけて
舞いあがりそうになったからだ。

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