泣いているあの子に





私が餓鬼大将の頃「漬け瓶」という
夏向きの魚捕り道具が流行った。
大きさは大人の頭ぐらいで
形はきれいな球形。
材料は透明なガラスで出来ていた。

この丸いガラス瓶を紐で竹竿にくくりつけ
川の深さの中ぐらいのところに
そっと漬け(沈め)ておくのだ。
魚を誘うためには
香ばしい匂いを放つ煎り小糠を
ガーゼに包んで瓶の中へ入れる。

するとフナやモロコやハスが
面白いほど瓶の中へ入ってくる。
もちろん魚は入ったら最後
二度と再び外へ出られない仕掛になっていた。
イタセンバラという
こんにち天然記念物に指定されて
まるでダイヤモンドのように扱われている綺麗な魚も
我勝ちに飛び込んできた。

漬け瓶のいいところは
いま魚がどれだけとれているかが
外からよく見えることだ。
私は川でさんざん泳ぎながら
ときどき瓶の様子をうかがっては
頃合よしと、引き揚げればよかった。

でも、漬け瓶にも悪いところがあった
硬いものにちょっと当たったら最後
あっけなく割れてしまうというもろさを持つ。
それに値段が子供の小遣いではとても買えないほど高いのが
最大の欠点だった。

ある日
貧乏な親にしっこくねだって
やっとこさ買ってもらった漬け瓶を割ってしまって
村の石橋の上で
いつまでも泣いていた
   とし
かわいそうな井上の俊ちゃん。
私はいま、あの子に
替わりの漬け瓶を買ってあげたいのだが
どうすればいいのか。


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