清少納言と大工





『枕草子』(能因本)三一三段に
「たくみの物食ふこそ、いとあやしけれ」
という話が出ている。
たくみ(匠)とは、今でいう大工のことだが
この連中のめしの食い方が
清少納言にとって
よっぽどおかしかったとみえる。

彼女が宮仕えしていた所は
じゅだい
時の関白藤原道隆の娘で一条天皇のもとに入内した
中宮定子の御殿であるが
おりしもこの屋敷内では
豪奢な寝殿の新築工事がおこなわれていて
毎日、多数の職人が出入りしていたようである。

こうした状況の中で
清少納言はふと
数名の大工が揃ってめしを食っているところを
かいま見てしまった。
もちろん、いつも高貴な方のそば近く仕えている彼女のこととて
大工風情がたむろする所へなど近寄るはずがないから
すこし離れた御殿の廊下からでも眺めたのであろう。

大工たちの食事の世話は
げろう
下臈の女房たちがしているらしいのだが
腹ペコの職人はもう待ちきれず
汁が出るとすぐさまそれを飲み干して
空の土器を無造作に膝の前に置くし
次に出てきたおかずも全部平らげてしまう始末。
では、もう御飯はいらないのかと
清少納言が思っていると
なんのなんの
それもたちまち腹の中へおさめてしまった。

こうした大工たちの食事のマナーを逐一見て
呆気にとられた清少納言は
「いとあやしけれ」と言ってのけたわけだ。
この「あやしい」という形容詞は
「不思議だ」「変っている」「珍しい」といった意味もあれば
貴族の眼から見て「理解しがたい」「見苦しい」「みすぼらしい」
というふうな意味にも使われていたので
清少納言のほんとの気持が那辺にあったのか
ちょっとはかりかねる。

しかし清少納言は
決して職人を馬鹿にしてかかるような人ではない。
なにしろ彼女のような上臈にとって
庶民と接触するチャンスはめったにないので
飽くことのない好奇心でそのふるまいをながめては
その驚きの念を率直に記録しているだけのことなのだ。

しかし清少納言はこうした文章を書きながら
全然気がついていないわけだが
この場合、大工のめしの食い方がおかしいのではなくて
女房たちの給仕の仕方こそがおかしいのではないか。
はげしい労働で腹をすかしきった職人には
めしと汁とおかずをいっぺんに出してやるべきなのに
高貴な方の給仕をする時とおなじように
汁から先に、かんじんのめしは一番後回しにして
しかも、非常にゆっくりしたお上品な動作で
食べ物を出すものだから
大工たちはいらいらしながら
ついつい変な食べ方をしてしまったのだ。

ところで
こうした働く者のガツガツしためしの食い方を見た清少納言が
「たくみの物食ふこそ、いとめでたし」とか
「いとたのもし」などと書くようだったら
『枕草子』は二倍も三倍も面白い書物になったことは
間違いないし
また例の紫式部の清少納言評も
もっともっと凄い悪口になっていたことだろう。


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