スガさん





スガさんに
逢いました
二十三歳の管野スガさんに
逢いました。
いまだ荒畑寒村も幸徳秋水も知らず
明治天皇暗殺の志も抱かなかった頃の
スガさんに逢いました。
明治四十四年
大逆事件で死刑になる
その七年前のスガさんに
逢いました。
  
もとは船場のいとはんだが
父親の事業失敗で逆境に落とされ
高小卒の学歴しかないのに
家族のため少しでも生活費を稼ごうと
関西文壇の重鎮・宇田川文海の庇護を受けながら
天理教の機関誌「みちのとも」に
せっせと小説やエッセーを書いている
がんばり屋のスガさんに逢いました。

奈良の天理大学付属図書館の
とても古風で
とても静かで
とてもいい感じの閲覧室で
スガさんの気負いにみちて
しかもすがすがしい若書きの文章を
じっくり見せてもらいました。

はっぴ
背中と衿に白く天理教と染め抜いた法被を着た若い女子館員が
書庫の奥から出してきてくれた
八十七年も昔の古ぼけた雑誌の中で
スガさんは元気にしていました。

決して美人じゃないが
男をひきつける強い力をもったスガさんの
細首をなにげなしに見ると
絞首刑のロープが巻きついた
むごたらしい傷跡が
まだ、ついていませんでした。

うっすらと紅をさした厚ぽったい唇を
かすかにあけて
スガさんはほほえみかけてきました。
スガさん
東京なんぞへ行っちゃいけない!
死んじゃいけない!

ずうっと大阪にいて
与謝野晶子に負けないような
文学者になるんだ
スガさん!
ああ、スガさん!


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